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L9~
千秋の飛行機恐怖症を治すため、シュトレーゼマンからもらった懐中時計を使って催眠療法を試みるのだめ。
「先輩はもう飛行機乗れます。試してみてくだサイ」
催眠から目覚めた千秋は、その間の出来事をすべて忘れていたが、頭の中で響く声に従い、飛行機に乗ることを決心する。
「まずは北海道なんてどうですか?」
その言葉に導かれ、「(北海道に)ラーメンを食べに行こう」と峰龍太郎を誘う千秋。気づけば、2人は空港ロビーにいた。
いよいよ離陸。直前まで恐怖と不安で震えていた千秋だったが、頭の中によぎる、「大丈夫ですヨ」という声に、何とか気持ちを落ち着かせる。
やがて、飛行機は大空へと羽ばたいて――。
北海道の青空の下、長かったトラウマの呪縛から開放された千秋は、「オレはもう、どこへでも行ける。海外に行ける……」と、自分の新たな世界が開けた現実を噛み締めていた。
その時、そんな事情を知らないままついてきた峰の携帯が鳴り、真澄からR☆Sオーケストラの再公演の話を持ちかけられる。日本を出ることができない、以前の千秋であれば、嬉しいニュースだったが、ようやく海外へ旅立てると思った矢先であり、複雑な気持ちで峰からの報告を聞いていた。再演の話に戸惑いながらも、カニやウニ、夕張メロン、そして銘菓『白い恋人』(これらすべて、のだめの催眠効果)を買いあさり、東京へ戻る千秋。
山のようなお土産を担いでマンションへ帰ると、千秋の部屋の前に観葉植物と手紙が一通、置かれていた。
<千秋先輩へ♥ しばらく留守にするので、この子をよろしくおねがいします。 LOVEのだめ>
のだめは、いずれ海外へ留学するであろう千秋のあとを追うために、『マラドーナ・ピアノコンクール』に出場する決意をしていたのだ。そのために、担任・江藤耕造の自宅で、コンクールにむけての特訓合宿を始めていた。
コンクールで1位になれば、賞金200万と留学の援助が受けられる。それが、千秋と一緒にいるために、のだめが考えた唯一の方法だったのだ。江藤は、いきなり1位を狙うのだめの態度にあきれながらも、その秘めた才能に強く惹かれているのも事実だった。
『裏軒』情報で、のだめの居所をつかんだ千秋は江藤宅を訪れる。家の外からこっそりと練習風景を見守っていたが、江藤の愛妻・かおりに見つかり、かおりから「のだめがコンクールに出る」と聞き、驚く千秋。しかも、レッスン部屋から聞こえてくる、『ピアノ・ソナタ』は、やはりデタラメ……。千秋は、“無茶だ。あいつはコンクール向きの演奏者じゃない”と思いながらも、熱意あふれる江藤の指導ぶりを見て、「のだめが本気でピアノをやる気になったのなら、ハリセン(江藤)に任すのもいいかもしれない」と、北海道のお土産をかおりに託し帰っていった。
その晩、江藤家の食卓に並んだカニやウニの山が千秋からの差し入れだと聞き、彼が飛行機で北海道へ行けたことに気づくのだめ。
千秋に追いつきたい――。
のだめは、コンクールに向けてさらに気合を入れるかのように、カニをむさぼるのだった。
コンクールの1次予選曲、シューベルトの『ピアノ・ソナタ第16番』。のだめの特訓は続く。
しかし、「勝手に作曲するな! 楽譜どおり、一音一音正確に!」と江藤の怒号が飛ぶように、勝手に作曲してしまうのだめのクセは、なかなか直らない。コンクールでは、それらはすべて“その曲や作者をちゃんと理解していない”という理由で、減点の対象になってしまうのだ。
そんな奮闘中ののだめから、千秋のケータイにメールが届く。
<シュベルトは、なかなか“気難しい人”みたいで、がんばって話しかけてもなかなか仲良くなれません>
一方、R☆Sオケの再演も、実現に向けて動き出していた。
いまやR☆Sオケは、音楽評論家・大川総太郎のコラム『クラシックの窓』でも大絶賛され、前回の公演では一回限りと考えていたメンバーたちもすっかり気をよくし、再公演に向けて、ヤル気満々。さらには、新たに入団希望者も出てきて、峰の目指す“永遠に続くオーケストラ”へと、また大きく一歩前進していたのだ。
ヨーロッパへ行くか、日本でR☆Sオケの正指揮者を続けるか――。
決心がつかない千秋をよそに、雑誌『クラシック・ライフ』の編集者・河野けえ子らの協力もあり、再公演は12月25日のクリスマス、日本最高のホール、サントリー・ホールで行うことになる。そのニュースに盛り上がるメンバーを、複雑な思いで見つめる千秋。
と、そこに背後から近づく足音。ふと振り返る千秋の目に飛び込んできたのは、世界ツアーの途中に日本に立ち寄ったシュトレーゼマンだった!
久しぶりの再会。そして、もはや恒例行事となった合コン……。シュトレーゼマンはそこで、来週ヨーロッパに帰る自分と一緒に来いと、千秋を誘う。もともと飛行機恐怖症のことを知らないはずのシュトレーゼマンだったが、すべてちゃんとお見通しだったのだ。そして、そんな千秋に追いつこうと、真剣に音楽と向き合い始めた、のだめのことも……。
ついに、コンクールの前日。
ギリギリまで練習を続けるのだめのもとに、千秋からメールが届く。
<シューベルトは本当に“気難しい人”なのか? 自分の話ばかりしてないで、相手の話もちゃんと聴け! 楽譜と正面から向き合えよ>というメッセージに、以前、シュトレーゼマンに言われた「音楽に正面から向き合わないと、心から音楽を楽しめまセンよ」「今のままじゃ、千秋とはいっしょにいられないね」という言葉が重なる。
世界へ旅立つ千秋についていくには、自分が本気で楽譜と取り組まなければならない。譜面を追いながら、ひとつひとつの音の意味を確認するかのように、ピアノを弾くのだめ。いつの間にか、千秋の声がのだめをリードする。まるで、そこに千秋がいるかのように……。
やがて、表情豊かに美しく流れ出す、シューベルトの『ピアノ・ソナタ』――。
『マラドーナ・ピアノコンクール』1次予選当日。
のだめの弾く『ピアノ・ソナタ』は、観客と審査員の心に強く響いていた。その多彩な音色に聴きほれる観客たち。音楽と向き合うことの楽しさを知り、まるで歌うようにピアノを弾くのだめ。一音のミスもなく演奏が終わり、観客へお辞儀をした瞬間――。
まるで、コンサート会場のように暖かい拍手に包まれた。その喝采に言いようのない感動を覚えるのだめ。それは、のだめの中に初めて生まれた、音楽への情熱といえるものだった。そして、そんなのだめをじっと見つめる、審査員長のフランス人ピアノ指導者、シャルル・オクレール。どうやら、のだめになにか興味を持ったようだった。
江藤の教え子、ピアノ科・坪井隆二と共に、見事1次予選を通過したのだめ。早速、合格の知らせを持って学校へやってきたのだめは、千秋に向かって「いつヨーロッパ行くんですか?」と問いかける。しかし、千秋はR☆Sオケの再演もあり、まだ気持ちが定まっておらず、明確に答えることができない。そんな千秋を見て、のだめは「グズグズしてんじゃなかっとよ! ケツの穴の小さか男ですね!」と言い放つ! 千秋は世界に行くべき人間だと信じ、自分もそれについていくために、必死にコンクールに挑んでいたのだめは、R☆Sオケのせいにして揺れている千秋の態度をじれったく思い、叱咤したのだった。
そんなのだめにも、迫る2次予選と本選のための選曲が待っていた。のだめは曲目リストの中から、以前に弾いたことがあるという、ショパンの『エチュード』を江藤の前で披露する。その鬼気迫るショパンのエチュードに、「こいつはただ上手いだけやない。人の心を動かすなにかを持っとる……いけるかもしれん!」と希望の光を見た江藤。しかし、演奏中のだめの脳裏には、この曲を習った当時の忌まわしい過去が甦っていた。それは、のだめが子供のころの、ピアノ教室での思い出……。
千秋が悩んでいる間にも、R☆Sオケ再公演の準備は、着々と進んでいた。のだめのコンクールが気になりながらも、先日のだめに言われれたことが心にひっかかり、行く気になれない千秋。江藤はそんな千秋に、のだめがコンクールに参加している理由を告げる。「お前に追いつきたくて、その一心でここまで来たんや」
のだめの心は、とっくに海外へ向いていたのだ。千秋よりも先に。そして、千秋と留学するために、本気で本選の1位を狙っている。
千秋の心は、決まった。
「ヨーロッパに行きます」
シュトレーゼマンがヨーロッパに発つ日、千秋は電話でそう告げた。しかし、それは今すぐではなく、自分が日本でやるべきこと、R☆Sオケの『クリスマス公演』をやり遂げてからヨーロッパへ行くという決心だった。渡欧を急かしていたシュトレーゼマンも、その言葉に千秋の成長を感じていた。そして、「最後の公演、ハンパはこのワタシが許しまセン!」とエールを送り、先にヨーロッパへと飛び立って行った。
コンクール2次予選。
ショパンの『エチュード』を、技術的に完璧に弾きこなしていたのだめ。江藤は、この曲なら、本選に向けて期待できると確信していた。
いよいよのだめの順番が回ってきた。だが、ホールへ向かう途中で「恵ちゃん?」とコンクールの出場者に声をかけられる。その人物は、今回のコンクールの本命といわれている、瀬川悠人だった。そして彼は、のだめが幼いころ通っていたピアノ教室の同じ生徒だったのだ。当時の光景が、のだめの脳裏によみがえる。「なぜ言うとおりに弾かない! 違う!」と、ピアノ教師から何度も手を叩かれスパルタ指導を受けるのだめ。そして、そんなのだめを見て、不敵に笑う悠人……。
千秋も駆けつけた2次予選会場。ステージに、のだめが姿を現すと、1次予選の演奏を聴いていた観客たちが、期待のこもった拍手で迎える。今まで居眠りをしていたオクレールも目を開けて、好奇の眼差しでのだめを見つめていた。
ショパン『エチュード』が始まった。
無表情のまま、ものすごくイヤそうに弾くのだめ。「な、なんや、あの適当な演奏!」この曲はいけると思っていただけに、江藤は動揺を隠せない。初めて見る、イヤそうに演奏するのだめの姿に、心配になる千秋。1次予選とはまったく違う、魂のカケラも感じられない演奏に、会場は静まり返った。
「もう……しまいや!」江藤の悲痛な心の叫びが響く――。
どうした、のだめ!? |
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