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天下一讲座
先日、黄部コーポレーション社長・黄部矢一朗氏の邸宅で起きた遺産相続にからんだ殺人事件。世間をいろんな意味で騒がせたこの事件も、僕の類まれなる洞察力と常人ならざる推理力によって、完璧なまでに解決された。そこで今回は、犯人が用いた斬新かつ巧妙なトリックをテーマに講義を、…と思ったのだが、この手のトリックは解説してしまうと、事件の真相そのものを語ることになってしまう。多くの人は、報道などを通してすでに事件の全容をご存知のことと思うが、まだ知らないという人も少なくないはず。そこで、改めて今回は、いつものように“掟”を語るのではなく、“僕、天下一大五郎の活躍”に焦点を絞って講義を進めていこうと思う。諸君にとってもむしろ、堅苦しい掟を得々と語られるより、僕の華麗なる活躍の方が興味深いのではないだろうか。こうしたサービス精神も、長寿シリーズの名探偵には欠かせない素養なのだ。
では早速、僕の活躍について順を追って解説していこう。まず、矢一朗氏から遺産相続に関する相談を持ちかけられていた僕は、事件のあった晩、黄部邸の2階にいた。そこで、事件の一部始終を目撃することになったのだが、名探偵である僕が、単なる“目撃者”に甘んじることなどありえない。不穏な銃声が聞こえるや否や、ひらりとテラスからジャンプし、まるで等身大の人形を落としたかのように鮮やかな着地を決めると、電光石火のスピードで犯人を追跡するという、名探偵ならではの動きを見せたのだった。その際、わざわざ尻で着地したのは、着地音を最小限に抑えるため。犯人がまだ現場に留まっている可能性を考え、犯人に気づかれにくい尻での着地(Hip Landing)をあえて試みたのだ。この計算し尽くされたHL作戦によって、犯人を追い詰めることに成功したのだが、こんなに早く取り押さえては物語として成立しない。僕は、ミステリーの基本的な掟に従って、“犯人が消えた”という、期待高まるシチュエーションを自ら作ったのだった。
そして、捜査のポイントになったのが、矢一朗氏の異母兄妹で、今回の一件の核心に深くかかわっていた赤井留美さんとのデート。その際の僕の神業ともいえるエスコートぶりが、この難事件を解決に導いたと言っても過言ではない。ちなみにあの時、弟子の慶太にデートのマニュアル本を用意させたのだが、それは“原点回帰”という意味合いに加えて、僕が培ってきた恋愛テクニックをあえて封印するためにほかならない。なぜなら、完璧かつ華麗な僕の恋愛テクニックが広く知れ渡ってしまったら、世の女性たちが次々にその恋テクの虜になってしまう可能性が高かったからだ。すなわち、例のマニュアル本を僕がむさぼるように読みあさっていたのは、世の女性たちを狼から守るため。恋愛に長けたモテ過ぎの名探偵ってやつは、そうした細かいところにまで配慮しなければならない、厄介な職業なのだ。
いずれにせよ、今回もこのような僕の活躍で、事件は無事に解決された。もちろん、それには大河原警部と藤井という女刑事の協力が不可欠なものだったことは間違いない。僕にとって、2人の代わりはいないし、彼らがいてくれるからこそ、僕は名探偵でいられるともいえる。とはいえ、2人の事件解決への貢献度は0.01%くらいで、99.99%は僕、天下一大五郎一人の実力なんだけど。 |
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