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天下一讲座
先日、軽井沢のホテルで起きたOL絞殺事件。犯人が用意したアリバイトリックに警察が手も足も出ず、危うく迷宮入りしかけたこの事件も、名探偵の名をほしいままにしている僕の活躍で、見事に解決されたことは皆さんの記憶にも新しいところだろう。古き良き時代を感じさせるクラシック系の名探偵である僕が、軽井沢のような避暑地の事件を扱うのはかなりレアなことだが、警察に泣きつかれては無下に断るわけにはいかない。特に、あの藤井とかいう女刑事が、自転車のパーツまで盗んで僕を引きとめようとしたのには、正直驚いた。確かに、名探偵の僕が助けてやらないと捜査にならないだろうし、ヒロインとしてどうしても僕が必要だということも分かる。
ただ、僕を引き止めるために、窃盗まで犯してしまうのだから、女ゴコロってやつは厄介なものだ。
ともあれ、今回メインテーマは、ミステリーの王道とも言うべき“アリバイトリック”を扱ったものだった。電車の乗り継ぎや発着時刻を引き合いに出して、犯人が「私が犯行に及ぶのは不可能だ」とやるアレだ。でも、そもそも電車の時刻表を全て正確に把握しながら行動している方が不自然でしょ? それに、わざわざ“完璧なアリバイ”なんてものを作るから、後でそれが崩された時に言い訳が利かなくなるんだ。「覚えてません」とか何とか、適当なことを言っておけば、白を切り通せるかも知れないのに…。だいたい、アリバイものには、意外な真犯人を暴くとか、隠された動機を解き明かすとか、そういうお楽しみ要素が少な過ぎる! 一番の問題は、これによって名探偵である僕の見せ場が少なくなってしまうことだ! だから、僕、アリバイものなんて嫌い!
…とはいうものの、この手のストーリーには、必ずといっていいほど、旅情やグルメが絡んでくるから、完全無視を決め込むわけにはいかない。なぜなら、旅行気分やご当地グルメといった要素は、今やミステリーの重要なウエイトを占める見せ場のひとつだからだ。いかに、僕が人気と実力を兼ね備えた名探偵であるといっても、読者の好みや要望には逆らえない。
そんなわけで、僕は、容疑者が犯行時刻にいたと主張する新大阪のほか、京都の小料理屋や牧歌的な草原などの観光地へ足を伸ばした。ほかにも、実は金沢で祭りを見学したり、福井の温泉を3軒はしごしたりもしたのだが、今回の事件とあまりに関係なさ過ぎたので、ストーリー上は行ってないことになっている。どこまでがファンサービスで、どこまでが“勝手な寄り道”か、どうにも判然としないのが、名探偵としても悩みどころなのだ。
いずれにせよ、この事件も僕の名推理によって鮮やかな解決をみた。事件の結末を知っている方には分かると思うが、世の中には皆まで知らない方が幸せなこともある。ミステリーなのだから、「ミステリアスな結末」というのもオツなものではないか。…うわっ、誰だ! 今、僕に向かってバナナの皮を投げたのは! おおっ、今度は後ろから生ゴミが! み、皆さん! モノを投げるのはやめてください! 落ち着いて! 結末がとんでもないのは、主人公である僕のせいじゃないんだから!! |
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